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橋本努著『帝国の条件―自由を育む秩序の原理』

(弘文堂2007.4.)への書評

 

 

 

格差社会の是正とは〜『帝国の条件』〜

(YOMIURI ONLINE 20078 3)

評者・鈴木光司さん <作家>
すずき・こうじ=『楽園』で作家デビュー。『リング』シリーズが計800万部のベストセラーとなり、ハリウッドで映画化。欧米を中心に講演活動を行うほか、政府の諮問機関「少子化への対応を促進する国民会議」委員を務める。著作が世界20ヶ国語に訳されている。最新刊『なぜ勉強するのか』(ソフトバンククリエイティブ)

 

 「格差社会の是正」を旗印に掲げる政治家は多い。彼らに説明してほしいのは、「格差を是正するための具体的な政策」と「その結果として我々は何を失うのか」という2点。是正に成功した結果、我々の社会にそれ以上の不利益がもたらされるかどうか、しっかりとした分析が必要なはずなのに、これが為されていない。

 天秤のバランスを絶妙に保つのが、政治家の役割のはずである。彼らには、是正という行為のもう一方の天秤の先にあるものを提示する義務がある。

 「グローバリゼーションによって格差社会が生まれた」とはよく言われることである。短絡的に考えれば、グローバリゼーションをなくせば、格差社会もなくなるという論法になる。すべての悪は、グローバリゼーションにあり……、そう思っている方は、本著を読むことによって目からウロコが落ちるに違いない。

 よりよいグローバル社会の実現のために何が必要かを真剣に考える著者の態度には、おおいに共感するところがある。特に、「上からの、単一の理性による設計」(トップダウン)よりも、「下からの、多元的な開化による自生、つまり自己組織化」(ボトムアップ)を上位に置くべきという思想は、その通りだと思う。

 

 

 

 

 

新たな「善き帝国の秩序」の構想

国際秩序の問題についての理論的考察に全力を傾けてきた結果として切り拓かれた理論的地平

評者・山中優

(『図書新聞』2007721日号、55頁)

 

 

 

 

世界を“善導”するための「善き帝国」を構想する挑発の書

評者・鈴木謙介

(『中央公論』20078月号、231頁)

 

 

 

 

思想だけがなすべき仕事に取り組む心意気

『帝国の条件』への書評

評者・松原隆一郎

(『週刊朝日』2007年7月20日号)

 

 

 

 

9.11後の新しい世界秩序と米国の変容を考える予見の書

(『週刊ポスト』2007年6月15日号)

 

 この本は決して平易ではない。それなのに不思議と内容にひきこまれてしまう。というのは、筆者が地味ながら若手有数の優秀な社会科学者だからという理由だけではない。9.11テロが起きた時、現場のニューヨークに居合わせて朝食をとっていたという臨場感が分析のなかから浮かび上がってくるからだ。それ以来、恐怖に怯えながら世界秩序の問題を考えた結果として、この書物が「崖っぷちから紡ぎ出されている」とも吐露する。それでいながら、「善き帝国の世界」を練り上げて、具体的なユートピアを描こうというのだから、これは野心的にして壮大な企てに違いない。

 「帝国の条件」とは、「善き生となりうる自由を育むための世界秩序」にほかならず、貧しき生を避け、豊かな生を育むための条件を指すようだ。それにしても、いかなる理解や解決をも受け付けないほど根源的な問題を提起した事件を、いかにとらえるべきなのか。そこから導き出される注目すべき点は、9.11事件以降の四つのイデオロギーである。まず第一に、あらゆるテロ行為を全批判するブッシュ政権の見方、第二にテロ行為の背景にある理由が全面的に正しいかもしれないとする反米左翼の見方、第三に米国の市民社会の再興によって事件後の世界を理解しようとする旧民主党の見方、第四に軍備縮小と移民の受け入れを求めるラディカルな自由主義の見方。橋本氏は、最後の見方を受け入れながら、長期的に見てイスラーム移民の「歓待」こそテロ抑止につながるという独特な立場を具体的に示している。

 一見すると著者の立場は、有名なネグリとハートの大著『帝国』に近いように思える。しかし、帝国の動態に始まり、その思想状況、思想的基礎、政策をそれぞれ二、三章を費やして分析する手法は、ネグリらよりはるかに緻密である。そのうえで、米国が「テロリズムの罠」によって世界の秩序形成を主導せざるをえないこと、米国のそうした変容が「ヘゲモニーを掘り崩す帝国」として現れるというのだ。しかも、国際テロ組織「アルカイダ」の活動が「裏の帝国現象」となっていると指摘し、その出現が「最悪のポスト・モダニズム」を意味すると性格づけた。未来の帝国の理想形態は、「支配の正当性」をもたない非正当的秩序として現れ、善き帝国の担い手とは「超保守主義」を信奉する「全能人間」ではないかと考える。

 かなり大胆な推論も含まれているが、自前の未来予測を含む予見の書であることはまちがいない。世界秩序の夢と想像力を次世代につなぎたいという著者の希望は達せられたかに思える。

[評者] 山内昌之(東大教授)

 

 

 

 

善いグローバル社会をもたらすには

(「朝日新聞」200763日)

 

 グローバリゼーションは世界を帝国化する。本書は、この大胆なテーゼを基点として、そこから最大限に公正なグローバル社会を構想しようとする試みである。その眼目は、著者独自の思想としての「自生化主義」の開陳にある。

 著者のいう「自生化」は自由主義の徹底である。自由を徹底することが、多様な個性を持つ諸個人の潜在能力を最大限に引き出す。それが個人と社会の両方に最も望ましい秩序をもたらす(逆に自由という価値は、そのような多様な諸個人の能力を引き出す方向で追求されなければならない)。つまり著者の言う「帝国」とは、自由主義が他の普遍主義的価値主張(たとえば平等)との均衡から解放された、一種のリバタリアン社会主義の世界である。

 思想史的に言えば、本書は、ハイエク的な自生的秩序論とスピノザ的な内在性の哲学との交配でもある。単一の理性による設計によってではなく、多元的な能力の開花のなかから秩序は進化し、そのような能力の多元性は、主体に内面化された既成の(「正常」と「異常」の間の線引きを行う)権威を解除することによってはじめて開花する。

 だから著者は、金融商品の開発であれ社会運動の実践であれ、情報技術の商品化であれ市場を迂回(うかい)した創作活動であれ、ひとびとの創発性の増大として評価できるものはすべて肯定する。そこでは資本や権力に対する表面的な政治的態度は問われない。むしろ資本や権力の立場とそれに抗する立場とが拮抗(きっこう)することで、たがいに創発性を高めあうことが期待されている。自由の普遍性自体を争いえない世界は、ある意味で息苦しいが、帝国そのものは善でも悪でもない。ただ、できるだけ善(よ)い帝国を目指すならば、ひとびとの創発性が活性化される度合いが本源的な尺度となるというわけである。

 本書は一種のユートピア構想への呼びかけである。それは「自生化主義に応える主体として生きよ」という命法にも響く。その背後に激越な啓蒙(けいもう)家の相貌(そうぼう)を見るのは評者のみであろうか。恐るべき問題作の登場である。

[評者] 山下範久(立命館大学准教授・歴史社会学)

 

 

 

 

9.11以後の光の帝国を新たな基準から読み解く

評者・石崎嘉彦 (『週刊読書人』2007年5月25日、3頁)